大判例

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越谷簡易裁判所 昭和51年(ろ)6号 判決 1976年10月25日

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、東京都足立区千住中居町二四番一五号所在富士アドバルーン株式会社の代表取締役としてアドバルーン広告及び広告宣伝に関する一切の業務を統括する業務に従事する者であるが、株式会社三和広告を介し、建売住宅の販売等を業とする熊谷商事株式会社からの依頼を受け、昭和五〇年四月二七日、同月二九日の二日間春日部市大字粕壁二、一四七番地先の宅地造成地において、建売住宅販売宣伝のためのアドバルーン一個を掲揚することを請負い、同月二五日、アルバイト学生である渋谷政男を伴って同所に掲揚設備を整えたうえ、同月二七日、右渋谷をしてアドバルーンを掲揚させた後、同日午後五時ころこれを地上に繋留せしめたのであるが、右アドバルーンは厚さ約〇・一センチメートルのビニール製で直径が約二・六メートルの球型をなし、その中には水素ガスを充填させてあり、掲揚場所は空地で付近の学童らの遊び場になっていたため、好奇心の強い右学童らがアドバルーンを遊びの対象としこれを破損することも予想されたのであるから、このような場合、アドバルーンを取扱う者としては、右水素ガスを抜き取っておくか或いは繋留中のアドバルーンの周囲に立入禁止等の表示をするとともに、これに近寄れないよう柵を設け、常時看守するなどの措置を講じて不測の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右水素ガスを抜き取ることなく、単に正四角形の網(網目の大きさ縦横各約二八センチメートル)でアドバルーンを覆ったのみで前記渋谷をして十分看守させることなく放置しておいた過失により、同月二八日午後四時ころ、右アドバルーンに乗り、とびはねたりして遊んでいた小島貴志(当時六年)及び村井邦人(当時六年)をして、右アドバルーンを破ってその中に入り込むにいたらしめ、よって、右両名をして即時同所において酸素欠乏症により死亡するに至らしめたものである。」というにある。

≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

熊谷商事株式会社は、一般住宅の建売り又は土地住宅の売買を業とする会社で、春日部市内の武里ニュータウン春日部団地菊花団地あやめ荘団地の四箇所で宅地を造成して住宅の建売りを始め、その宣伝広告のため、株式会社エムアンドシーに昭和五〇年四月二六日から同月二九日までの間右あやめ荘団地で熊谷商事株式会社が高級分譲住宅を売出中である旨のアドバルーンによる広告を依頼したところ、株式会社エムアンドシーは右広告を株式会社三和広告に依頼し、更に、株式会社三和広告は本店を東京都足立区千住中居町二四番一五号に置き、アドバルーン広告、広告宣伝に関する一切の業務を主たる目的とし、代表取締役が被告人である富士アドバルーン株式会社に下請させた。そこで、被告人は、従業員である渋谷政男とともに、同年四月二五日、右あやめ荘団地の本件事故現場にアドバルーン掲揚のための資材を搬入し、右渋谷に対し、四月二七日同月二九日の両日アドバルーンを掲揚すること、同月二八日アドバルーンを繋留する場合は監視することを指示して、その日はわかれた。右渋谷は、四月二七日、再び事故現場に赴き、アドバルーンに水素ガスを充填して同所で掲揚し、同日午後五時頃、二箇所に杭を打ってアドバルーンを引き降ろし、右杭と鉄製格子塀の下部に網を固定して水素ガスを抜かないで地上に繋留して帰宅した。そのことは、同日富士アドバルーン株式会社に電話でしたが、被告人が同日昼頃長野県に出張して不在のため、被告人の妻にその旨連絡した。翌二八日、右渋谷は右アドバルーンを地上に繋留の侭そこから徒歩で四・五〇〇メートル離れた別の場所でアドバルーンを掲揚し、事故現場には事故発生時まで四回監視に訪れたが、附近には子供の姿を見受けられなかった。同日午後四時頃、四度目に繋留場所を訪ねたところ、繋留中のアドバルーンが潰れているのを発見し、調べたところ水素ガス注入口附近が破られ中に子供が二人入っていることを発見し、附近にあった熊谷商事株式会社の事務所に連絡して救出措置を講じたが及ばず、小島貴志(当時六年)村井邦人(当時六年)の両名が酸素欠乏症により死亡するに至った。

本件事故現場は、春日部市大字粕壁二、一四七番地の熊谷商事株式会社の分譲宅地で、附近は新興住宅地と造成宅地とで囲まれており、同所から約五〇〇メートル離れた地点には春日部小学校がある。しかも、東側は高さ〇・六メートルのブロック塀を境界として建売住宅があり、西側は宅地造成地で、南側は高さ〇・八メートルの鉄製格子塀があってその先には三メートルの下水を越えて新興住宅地が建ち並び、北側は四・五メートルの道路を隔てて宅地造成地及び建売住宅がある。そして、造成宅地の広さは八六八・八平方メートルあり、子供の遊び場所となっていた。アドバルーンは、右造成宅地の東南偶に繋留され、北側二箇所に杭を打ち、その杭にロープでしばりつけてあり、南側は鉄製格子塀の下に三箇所ロープでしばりつけられ、正四角形の網(網の目の大きさ縦横約二八センチメートル)で上部が覆われて固定されていた。アドバルーンは、厚さ〇・一センチメートルのビニール製で、直径が約二・六メートルの球型で、水素ガスを充填するものである。水素ガスはそれ自体では有害ではないけれど、水素ガスの充満する中に入ると酸素欠乏症により死亡する虞れがある。アドバルーンの掲揚にあたっては地元消防長宛て届け出ることとされているが、その主たる目的は火災とか爆発事故防止のためのものである。本件事故当時、子供がアドバルーンを覆ってある網にぶらさがったり、被害者と思われる子供二人が、アドバルーンの上に乗ったり、網を上げてもぐったりして遊んでいる姿が目撃された。

渋谷は、事故当時アルバイト学生として富士アドバルーン株式会社で稼働し、アドバルーンの掲揚取扱いについては四年の経験があって、アドバルーンの取扱いについてはいわゆるベテランと言われる者であったうえ、過去において、アドバルーンの掲揚中ものめずらしさから子供が附近に近寄って来たり、繋留中のアドバルーンの網にいたずらされた経験を有していたが、アドバルーンを繋留するについて水素ガスを抜くか抜かないかは自分独自の判断でやっていた。

アドバルーン業界においては、過去に掲揚中のアドバルーンにいたずらされてアドバルーンが飛ばされたこともあったが、本件事故のようにビニールを破かれたという事故は一度もなかった。

被告人は、本件事故現場に四月二五日アドバルーン掲揚の資材を搬入後二七日昼頃から長野県へ出張し、二八日本件事故後現場に来るまでの間一度も事故現場へ来たことがなく、アドバルーンの繋留について報告を受けていなかった。

ところで、過失犯においても共同正犯が成立することは、幾多の判例で判示されているところである。(最判昭和二八年一月二三日刑集七巻三〇頁名古屋高裁昭和三一年一〇月二二日判決高裁刑事裁判特報三巻二一号一〇〇七頁佐世保簡易裁判所昭和三六年八月三日下級刑集三巻七、八号八一六頁京都地裁昭和四〇年五月一〇日判決下級刑集七巻五号八五五頁参照)過失の共同正犯も正犯であるから、一個の犯罪実現に数人の行為者があった場合彼等を共同正犯とするためには、当該犯罪が彼等の共同で実行されたという評価がなされなければならず、この場合共同実行という概念には次の二つの型が考えられる。それは、共同行為者のおのおのが他人の協力を待つまでもなく彼自身の行為によってそれぞれ当該犯罪構成要件に予定された実行々為を完成するいわゆる不真正の共同正犯と共同行為者が共同することによって一体となってはじめて実行々為が完成するいわゆる真正の共同正犯である。(同旨内田文昭著刑法における過失共働の理論五頁参照)両者とも、共同で犯罪を実行しようという相互的な意思の連絡なしには共同正犯は成立しないが、過失犯の特質から考えて、共同で犯罪を実行しようという意思の連絡なしでも、共同行為者のそれぞれが各自不注意な行為に出でてそれぞれの不注意が相互に影響しあうことにより全体として一個の不注意が形成され、それにもとずく結果が発生したという評価が下される場合には過失共同正犯が成立すると考えられる。(同旨法学教室三巻一九二頁内田文昭過失共犯論参照)これを本件事故で検討してみると、前記認定の如く、本件事故当時被告人は本件事故現場にはいなかったこと、被告人は渋谷に二七日と二九日にアドバルーンの掲揚と、繋留する場合の監視を指示したこと、渋谷は二七日アドバルーンの繋留について富士アドバルーン株式会社の被告人の妻に電話連絡したこと、渋谷はアドバルーンの繋留について水素ガスを抜くか抜かないかは独自の判断でやっていたこと渋谷は事故発生日にアドバルーンの繋留場所に四回しか監視に訪れなかったことが認められるので、共同実行の相互的な意思の連絡があったとは認められないうえ、被告人と渋谷がそれぞれの不注意な行為に出でそれぞれの不注意が相互に影響しあうことによって全体として一個の不注意が形成され、それに基づいて結果が発生したとも評価することはできない。また、被告人は、アドバルーンの掲揚繋留についてこれを管理する立場にあったには違いないが、現実に発生した事故との関係においてこれを見た場合、現実にアドバルーンを掲揚し繋留する業務をしていない被告人自身に当該事故の発生を予測することができこれを防止することができる立場にあったとは限らないし、これを関係者の意思の点よりみても、現実にアドバルーンを掲揚し繋留する業務を担当している者は、自己の業務執行中発生した事故についての刑事上の責任を自己が負うつもりで業務を執行するのがうしろ通常であるということができるからであり、業務の執行を管理する者がその業務の執行を従業員に委ねた後従業員の業務の執行について刑事上の過失責任を問われるためには、従業員の業務の執行が未熟であるとか、その者の業務の執行が事故発生につながることが明らかに予想され、従業員の業務の執行を中止させ自ら業務の執行にあたることが相当とするような事情のあった場合、あるいは、管理者が従業員に対し適切な指示助言により事故の発生を避けることができる性質のものであったというような特殊な事情を必要とすると解され、(同旨東京高裁昭和四五年一月二九日判決高刑集二三巻一号五四頁参照)管理者の不注意が従業員の不注意と同格の関係において結果発生へと一体化していることを要し、相互に同格の形において不注意を促進しあい影響しあうことが必要と解するところ、前記認定事実からみると、特殊な事情が認められず、かつ被告人の不注意と渋谷の不注意とが同格の関係において結果発生へと一体化しているとは評価することができず、むしろ、渋谷の不注意の方が重いと認めるのが相当である。

以上のとおりいづれの点から判断しても、被告人の行為は業務上過失致死罪の構成要件に該当したとは認められず、犯罪の証明が十分でないことに帰するから、被告人に対しては、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする。

(裁判官 廣川和夫)

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